幼少期のトラウマについて

私自身のこと

幼少期のトラウマについて









まだ私が幼かったころの話。

私の両親も共働きで、いつも休みの日は兄弟や友人と遊んでいました。

父・母が連休を取れるのなんて、お盆か年末年始くらいのもので、

それ以外は常に仕事をしていました。

 

父・母がケンカをすることは多くは無かったと思いますが、

年に何度か大きなケンカをしていました。

今思えば、原因はお互いの仕事が忙しく体が疲れているときか、仕事が暇でお金が無い時だったのだと思います。

私は親のケンカが始まると、弟たちを連れてなるべく親から離れるようにしていました。まだ幼かった自分は、ケンカの仲裁など出来るはずもなく、また大きな怒鳴り声や物音、母親の泣く声など聞きたくなかったのだと思います。

いつもと違う物音・・・

その日のケンカはかなり大きなケンカで、祖父や祖母もいて、怒鳴り声、物音、叫ぶ声などがしていました。

 

そのとき、ガシャンという何かが割れる音がしました。

恐る恐るその音の元へ行くと、飼っていた金魚の水槽が割れています。

水槽の水がそこから流れ、金魚は全て死んでしまいました。

どうして、金魚が死ななくてはならなかったのだろう・・・。

ケンカなんて嫌いだ、大きな物音を立てることも、怒鳴り散らすことも・・・。

幼い私は泣いて、泣いて、泣きつかれて寝てしまったと記憶しています。

ケンカ・・・

父と母は幸いなことにケンカをしても暴力はありませんでした。

変わりに家の物が壊れていきます。

壁を殴って開いた穴などそこら中に、洋服をしまうプラスチック製の洋服入れは格好の的でした。割れた皿を片付ける母や祖母の姿、姿見が割れた事だってあったはずです。

 

年に数回しかこのような事はありませんでしたが、私の心には傷が残り、

そして、同じような事を自分が作る家族には絶対に起こさないと誓いました・・・。

 

虐待を受けて育った子供は、自分の子にも同じ事をするケースがある。

良く聞く話です。

まさかその後数十年後に自分が子どもたちの前で姿見を割ってしまうとは思いもしませんでした。

私は、父・母のケンカを見て自分なりにケンカをしない夫婦生活、自分の子どもたちの心に傷を負わせない方法をずっと考えていたのに、現実は甘くなかったです。

故意では無いとはいえ、結果的にガシャンと大きな音を立て姿見が割れ、大きな声を上げ、子どもたちに恐怖を与えてしまった。

何度後悔しても、取り返せません。

今の気持ち

2016年11月15日

今日も仕事後に誰も待っていない部屋へ帰る・・・。

 



いつもだったら妻と子供たちが寝ていたり、起きて待ってくれていたり。

あの頃大変な毎日だったけど幸せだった。

あの頃を取り戻すために私は頑張らなければならない・・・。

 

今でも妻を愛している。私が生涯伴侶として一緒にいられるのはあの人しかいない。

 

こんな私のことを「パパ」と呼んでくれる子供たちに罪滅ぼしをしたい。

 

今はこの気持ちだけを強く持ち日々を過ごしています。

気を抜くとすぐにでも奈落のそこへ引きずりおろされそうになる精神状態ではあるが、前向きに希望を捨てずに家族再構築の道を模索したいと願っている。







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